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愛知県の主婦の日常雑記

故人の

 今年のお正月に亡くなった方の遺品を送っていただいた。先日形見分けがあったそうで、参加された方がわざわざ送って下さったのである。若くして亡くなった方だ。経営コンサルタントであると同時に物書きだった。
 私は彼と直接の面識はない。それどころか、こちらに送って下さった方とも直接お会いしていない。全てFB経由である。
 亡くなった方は文才があった。その文才と、事態を冷静に見詰めるコンサルタントの能力で、自らの病状を克明にFB上にアップした。明晰な文章で綴られる自らの状況、日常のささいな出来事、感情、趣味。彼の非凡さはその驚くべきエネルギッシュさだ。ステージ4であっても仕事を再開し、趣味のイベントをやり、フランス語を学び、1万歩以上歩いた。お会いしたこともないのに、気になった。私の中高時代の友人の、大学での先輩に当たる方で、病を得ている人に不躾に友達申請などするものではないと、躊躇っていた。しかし私のミスタッチによる無自覚の友達申請で、あっという間に交流が始まってしまった。
 彼は面白かった。彼のリアル御友人にあたる、今回送付してくれた方も、面白かった。彼の著作も面白く、新作は5刷を数えた。1年経ちその時を迎え、遠方のため葬儀への出席も果たせず、私にとって彼の証は手元の著作だけとなっていた。そこへ御友人が遺品を送って下さった。
 御友人は彼の没後、私とFBで繋がっていた。うちの小4息子が描く鉄道の絵が好きだとおっしゃって、ロマンスカーの案内をしてくれたり、すごく良くして下さった。今回のこともその一環だ。
 不思議な気持ちだ。一度も会ったことがない方の気持ちを受け取る。一度も会ったことがない方の、この世への置き土産である形見の本を、今初めて手に取る。
 遺品の中の一冊に葉書が紛れ込んでいた。亡くなった彼が主催したであろう、イベントのフライヤーだ。彼の息吹を感じた。なんだか生々しかった。確かに、生きていたんだ。
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