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愛知県の主婦の日常雑記

スーパー自分語り~受験がイヤだった話

 私は中高一貫の女子校の出身で、一浪ののち都内の私大に進学している。そもそも何故私立中学に行くことになったかというと地元中学の治安が極端に悪く、校内暴力を苦にして担任教師が自殺するという事件があって「こりゃあダメだ」となったのが一つ。それから、私は小学校時代はとても内向的で自分のことを話せず、友達が少なかったので地元に未練がなかったというのも一つ。母が私立中学の出身なので、私を心配して受験を考えてくれたのだ。
 小学校の勉強はよくできた。中学受験はどうだろうとなったが、まあまあできた。小4の2月に受験塾を見学して、小5から本格的に始まったと記憶している。すぐに上のクラスになって、ちょっといじめられたりもしたけど、「御三家の滑り止め」ポジションの学校に進学できた。

 中学高校はとても楽しかった。同じ偏差値で輪切りにされた女の子ばかりだから価値観や話が合う子が多く、上は高3までの先輩の薫淘を受けて本格的にオタク活動を始め、電車での通学で行動範囲も広くなり、邪魔な高校受験もなく、本当に楽しかった。小学校時代に押さえつけていたタガが外れたように、成績など気にせず、遊び廻るようになっていた。

 高2あたりから受験ムードが漂い始めた。みんな予備校に通い始めた。私はイヤだった。たぶん、押さえつけられるのがイヤだったんだと思う。中高の6年で遊び廻って、本を読みマンガを描き、オタク活動の紆余曲折も味わった私は、大人社会というものに従いたくない高校生になっていた。予備校には行かなかった。普通文系クラスに突っ込まれながらなんとか大学受験をせず行けるルートはないかと考え、浅知恵で出てきたのは「海外の大学に行く」というものだった。(やっぱり)

 その頃海外の大学の日本校というのが流行っていた。たくさん見に行った。しかし大学の名を借りた専門学校みたいなのばかりでいまいちだった。なら直接海外に行けばいいのだろうが、これは出来なかったのだ。不安だったから。

 経済的な問題もあるが、何より自分がそこまで真剣に考えていない。そんな度胸もない。当然だ。逃げなんだから。

 自分の逃げをようやく自覚した私は、高3の秋にやっと大学受験をすると決めた。でも今からやって受かる大学に行くのはもったいない。どうせ行くならやり切って行ける大学に行きたい。その時点で一年浪人しようと決めた。

 浪人期間中もできるところまでやったとは言えない。予備校は苦手分野の単科のみ受講し、10月までアルバイトをしていた。それが私の精一杯なんだと思う。やり切るところまでやる、がむしゃらにやるということができないのだ。自分のバランスを取りながら、できる精一杯の受験勉強があれだったんだと思う。

 だから今でもがむしゃらに勉強できる人はすごいなーと思う。「これくらいで8割いけそうだからいっかー」となっちゃうのだ。うちの旦那は浪人時代だいぶがむしゃらに一日8時間とかやったらしい。すごいなー。